TDI(耐容一日摂取量)とは何か?PFASの健康基準の考え方と水質基準への計算プロセスを解説
「PFOS・PFOAのTDIが20ng/kg/日に設定された」「TDIをもとに水質基準が計算された」——PFAS問題ではTDI(耐容一日摂取量)という言葉が頻繁に登場します。
でもTDIとは何でしょうか?なぜTDIが必要なのでしょうか?TDIから水道水の基準値はどう計算されるのでしょうか?
この記事では、TDIという概念の意味・導出プロセス・水道水基準値への変換・国際的な違いまでを、具体的な数字を使いながら丁寧に解説します。
TDIとは何か
TDIとは「Tolerable Daily Intake」の略で、日本語では「耐容一日摂取量」と訳されます。
定義:ある物質を人間が生涯にわたって毎日摂取し続けても、健康への悪影響が生じないと推定される1日あたりの摂取量。体重1kg当たりの量で表す。
単位:ng(ナノグラム)/kg体重/日、またはμg(マイクログラム)/kg体重/日
「耐容(tolerable)」という言葉が使われている点に注目してください。「安全(safe)」ではなく「耐容」です。これは「この量を超えると必ず健康に悪影響が出る」という意味ではなく、「科学的知見に基づいて許容できると判断される量」という意味合いです。
なぜTDIが必要なのか
化学物質の健康リスクを管理するためには、「どのくらいの量なら安全か」という基準が必要です。しかし人間を対象に有害な量を直接実験することは倫理的に許されません。
そこで動物実験のデータや疫学調査(人を対象にした統計的な健康調査)のデータをもとに、TDIを科学的に推計する手法が発展しました。
TDIは単なる基準値ではなく、リスク評価の基礎となる重要な科学的指標です。TDIがあることで、水道水の基準値・食品の基準値・血中濃度の評価値など、様々な管理基準を導出することができます。
TDIはどうやって決められるのか
TDIの導出プロセスを段階的に説明します。
ステップ①:毒性研究の収集
動物実験・疫学研究・体外実験(細胞実験)などの毒性データを広く収集・評価します。
PFOS・PFOAで検討されてきた健康影響:
- 肝臓への影響(肝機能の変化)
- 発育への影響(胎児・幼若動物の体重減少)
- 免疫系への影響(ワクチン応答性の低下)
- コレステロール値の上昇
- 発がん性(一部の動物実験で確認)
ステップ②:重要なエンドポイントの選定
収集した毒性データの中から、「健康影響を評価するための指標(エンドポイント)」として採用するものを選定します。
日本の食品安全委員会(2024年6月公表)では、PFOS・PFOAについて以下の評価を行いました。
- コレステロール値の上昇:「証拠は不十分」→エンドポイントとして採用せず
- 出生時体重の低下:「証拠は不十分」→エンドポイントとして採用せず
- ワクチン応答性の低下:「証拠の質や十分さに課題」→エンドポイントとして採用せず
最終的に採用された主なエンドポイント:肝臓毒性(肝機能の変化)および幼若動物の体重減少(動物実験データを参照)
ステップ③:NOAEL(無毒性量)またはBMD(ベンチマーク用量)の設定
選定したエンドポイントについて、影響が観察されなかった最大の量(NOAEL:No Observed Adverse Effect Level)または影響が一定確率で起きる用量(BMD)を動物実験データから求めます。
ステップ④:不確実係数の適用
動物実験のデータを人間に外挿する際には、様々な不確実性があります。この不確実性を考慮して安全係数(不確実係数)を掛けて、人間に対するTDIを算出します。
主な不確実係数:
- 種差(動物→人間の差):通常10倍
- 個体差(人間の中での感受性の差):通常10倍
- データの不確実性:状況に応じて追加
食品安全委員会のPFAS評価では、PBPKモデル(生理学的薬物動態モデル)を用いた計算が行われ、PFOS・PFOAのTDIはそれぞれ20ng/kg体重/日と設定されました。
TDIから水道水基準値を計算する
TDIが設定されると、これをもとに水道水の基準値を計算することができます。日本の50ng/Lという基準値の計算プロセスを詳しく見てみましょう。
前提条件
- 体重:50kg(成人の代表値として設定)
- 1日あたりの水の摂取量:2リットル
- 水からの摂取量はTDIの何%か:10%(安全側に立った設定)
計算プロセス:
①まずTDIから1日あたりの許容摂取量を計算
(TDI)×(体重)=1日あたりの許容摂取量
旧TDI(2020年時点):0.00002μg/kg/日=0.00002×1000ng/kg/日=0.02ng/kg/日
0.02ng/kg/日 × 50kg = 1ng/日
②水から摂取できる量はTDIの10%
1ng/日 × 10%(0.1)= 0.1ng/日
③1日2リットル飲む場合の水中濃度
0.1ng/日 ÷ 2L = 0.05ng/L = 50ng/L
このように計算すると、水道水のPFOS基準値は50ng/Lとなります。さらに安全側の観点から「PFOSとPFOAの合算値」として50ng/Lが設定されています。
※WHOは「水からの摂取割当率を10%ではなく20%とするのが適当」と指摘しており、もし20%を適用すると100ng/Lになります。
TDIと各国の基準値の関係
各国がどのようなTDIや計算前提を用いているかによって、導出される水道水基準値が大きく変わります。
| 機関 | PFOS・PFOAのTDI相当値 | 水道水基準値 | 計算の考え方 |
| 日本(食品安全委員会2024年) | 20ng/kg/日(各物質) | 50ng/L(合算) | TDIの10%を水から摂取として計算 |
| WHO | 未最終決定 | 100ng/L(暫定案・各物質) | TDIの20%を水から摂取として計算 |
| 米国EPA(2024年) | 事実上の設定値なし(技術的下限を採用) | 4ng/L(各物質) | 分析技術の下限値を基準に採用 |
| EU | EFSA設定のTWI(耐容週間摂取量)を使用 | 複数PFAS合算で設定 | 4種PFAS合算のTWIから計算 |
米国の4ng/Lが日本の50ng/Lより圧倒的に低い理由の一つは、米国が「現在の分析技術で検出できる最低濃度(4ng/L)を基準値とした」という考え方を採用したためです。毒性評価のTDIから導出したものではなく、「検出できる最低値=基準値」という考え方です。
日本のTDIが2024年に示した意味
2024年6月に食品安全委員会がPFOS・PFOAのTDIを20ng/kg/日と設定しました。
このTDIを現行の計算式(10%割当・体重50kg・2L/日)に当てはめると:
20ng/kg/日 × 50kg × 10% ÷ 2L = 50ng/L
計算すると、現行の水道水基準値50ng/Lと一致します。つまり2024年の食品安全委員会の評価は「現行の50ng/Lという基準値は科学的に一定の合理性がある」と解釈することもできます。
ただし、食品安全委員会の評価書では「この数値の妥当性には不確実性が残る」とも述べており、引き続き科学的な検討が続けられています。
TDIと関連する概念
ADI(許容一日摂取量)との違い
TDIとよく混同されるのがADI(Acceptable Daily Intake:許容一日摂取量)です。
- ADI:主に食品添加物・農薬など「意図的に使用される物質」に対して設定される
- TDI:主に環境汚染物質・不純物など「意図せず摂取する物質」に対して設定される
PFASのような環境汚染物質にはTDIが使われます。
TWI(耐容週間摂取量)
EUでは日単位ではなく**TWI(Tolerable Weekly Intake:耐容週間摂取量)**が使われることがあります。
TWI=TDI×7日間、と考えることができます。
EFSAは4種のPFAS(PFOS・PFOA・PFNA・PFHxS)の合算値としてTWI=4.4ng/kg/週を設定しています。これはTDIに換算すると0.63ng/kg/日と非常に厳しい値です。
NOAEL・LOAEL
毒性評価で使われる重要な概念です。
NOAEL(No Observed Adverse Effect Level:無毒性量)
健康への悪影響が観察されなかった最大の量
LOAEL(Lowest Observed Adverse Effect Level:最小毒性量)
健康への悪影響が観察された最小の量
TDIの計算にはNOAELが基礎として使われることが多く、ここに不確実係数(安全係数)を適用してTDIが導出されます。
TDIの限界と科学的不確実性
TDIは科学的に厳密に導出されますが、いくつかの限界があります。
①動物データの外挿
動物実験のデータを人間に適用する際に「種差」という不確実性が生じます。動物で観察された影響が人間にも同じように現れるとは限りません。
②長期低濃度ばく露の評価の難しさ
数十年にわたる低濃度での継続的なばく露の影響を評価することは非常に難しく、疫学研究でも確定的な結論を出すことが困難な場合があります。
③科学の進歩による更新
TDIは現時点の科学的知見に基づく「暫定的な値」です。新しい研究成果が出れば更新されることがあります。実際、PFASのTDIは各国・各機関で定期的に見直しが行われています。
④複合ばく露の問題
PFOS・PFOAだけでなく、多数のPFASが同時に体内に入ってくる「複合ばく露」の影響をどう評価するかは、現在も研究途上です。
まとめ
TDI(耐容一日摂取量)のポイントを整理します。
- TDIとは:生涯毎日摂取し続けても健康への悪影響が生じないとされる1日あたりの摂取量(体重1kg当たり)
- 導出プロセス:動物実験・疫学研究→エンドポイント選定→NOAEL設定→不確実係数を適用→TDI
- 日本の食品安全委員会(2024年):PFOS・PFOAそれぞれ20ng/kg/日
- 水道水基準値への変換:TDI×体重×水からの摂取割当率÷1日の水摂取量=基準値
- 各国でTDIや計算前提が異なるため、導出される水道水基準値も異なる
- TDIには科学的不確実性が残るため、最新の知見に基づいた継続的な見直しが必要
TDIは「絶対安全な量」ではなく「科学的に許容できると判断された量」です。科学の進歩とともに更新される可能性があることを理解した上で、PFAS問題に関する情報を読むことが重要です。









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