PFASを「ふるい落とす」膜と、PFASを「使わない」素材 東レの二刀流
なぜいま、東レに注目するのか
PFAS(有機フッ素化合物)の問題には、二つの立場があります。
すでに水に入ってしまったPFASを「取り除く」立場と、製品や工程からPFASを「使わない」ようにする立場です。
東レ株式会社は、この両方を同時に攻めている、めずらしい会社です。
国内では2026年4月に、PFOSとPFOAの合計値50ng/Lを水質基準とする検査・基準遵守が水道事業者等に義務化されました(環境省 省令、2025年6月30日公布・2026年4月1日施行)。
PFAS対応は「待ったなし」の実務になり、同時に、欧州を中心とした規制強化を背景に、製造業では部材・素材のPFASフリー化が急速に進んでいます。
「除く」と「使わない」 この両輪を握る東レの動きは、PFAS対策の現在地を映しています。
本稿では、東レという会社の輪郭と、その二刀流の中身を読み解きます。
東レとはどんな会社か
東レは、1926年にレーヨン糸の生産会社として出発した、日本を代表する素材メーカーです。
東京証券取引所プライム市場に上場しています(証券コード3402)。
「有機合成化学」「高分子化学」「バイオテクノロジー」「ナノテクノロジー」という4つのコア技術を土台に、繊維、フィルム、樹脂、ケミカル、電子情報材料、炭素繊維複合材料、水処理、医薬・医療機器まで、幅広い分野で先端材料を生み出してきました。
PFAS対策において、この「素材を分子レベルで設計できる力」は二つの方向で効いてきます。
ひとつはPFASを正確にふるい分ける膜をつくる力、もうひとつはフッ素を使わずに同じ機能を実現する代替素材をつくる力です。
除く側① 水処理膜の世界的チャンピオン
東レは1968年にスパイラル型のRO膜・NF膜エレメントの製造を開始して以来、水処理膜の総合メーカーとして世界トップクラスの地位を築いてきました。
東レが持つのは、孔の大きさが異なる4種類の膜です。
精密ろ過膜(MF膜)、限外ろ過膜(UF膜)、ナノろ過膜(NF膜)、そして最も孔が小さい逆浸透膜(RO膜)。
さらに膜分離活性汚泥法(MBR)も商品化し、原水と目的に応じて組み合わせる「Integrated Membrane System」を提案できるのが特徴です。
海水淡水化、超純水製造、廃水再利用など、世界中の大規模水処理プラントで採用されています。
このうちPFAS除去で主役になるのがRO膜とNF膜です。
東レのRO膜を採用した水処理装置では、PFASを99%除去できるとする例も報告されており(出典:東レRO膜採用製品の公表情報)、小規模コミュニティや災害時の給水などへの応用も広がっています。
技術解説──膜はどうやってPFASを分けるのか
膜によるPFAS除去は、活性炭やイオン交換樹脂の「吸着」とは原理が異なります。
膜は、PFASを吸い取るのではなく、水と一緒に通すか通さないかでふるい分けます。
RO膜の分離機能層の孔径は約0.1ナノメートル(1ナノは10億分の1メートル)ときわめて小さく、塩分や溶解有機物すら通しません。
PFAS分子はこれより大きいため、サイズによる排除に加え、膜表面の電荷とPFASの陰イオンが反発する静電的な効果も働いて、高い効率で分離されます。
NF膜はRO膜より孔がやや大きく、必要な圧力(=エネルギー)が低い反面、ごく小さな分子の一部は通過しうるという違いがあります。
膜方式の最大の利点は、短鎖PFASにも強いことです。
活性炭やイオン交換樹脂は炭素鎖の短いPFASを捕まえにくいという弱点を抱えていますが、サイズと電荷でふるい分けるRO膜は、長鎖・短鎖を問わず幅広いPFASを物理的に止められます。
規制対象が短鎖へ広がるほど、この強みは効いてきます。
一方で注意点もあります。
膜は「水を通し、PFASを通さない」技術なので、通さなかったPFASは濃縮水(リジェクト水)として残ります。
この濃縮水中のPFASを最終的にどう無害化するかという課題は別途残ります。
また、RO膜は高い圧力を必要とするためエネルギーコストがかかり、膜表面の汚れ(ファウリング)対策も欠かせません。
除く側②──家庭の蛇口を支える「トレビーノ」
東レの水処理技術は、大規模プラントだけでなく家庭にも届いています。
家庭用浄水器ブランド「トレビーノ®」です。
近年のトレビーノの蛇口直結型カートリッジはPFAS対応が進み、PFOS・PFOAを各物質で約80%除去できるとされています(出典:東レ「トレビーノ®」製品情報)。
ろ材に活性炭・中空糸膜・イオン交換体などを組み合わせた構成です。
河川や地下水でのPFAS検出が報じられるなか、生活者が手の届く価格で一手を打てる選択肢として位置づけられます(除去率は使用条件により異なります)。
使わない側──素材メーカーが規制を「商機」に変える
東レのもう一つの顔が、PFASフリー素材の開発です。これは、PFAS規制を脅威ではなく事業機会として捉え直す動きで、いまや単発ではなく「素材の総力戦」の様相を見せています。
象徴的なのが、先端半導体向けの「モールド離型フィルム」です。
半導体の封止工程で使われる従来の離型フィルムはフッ素系樹脂(PFAS)が用いられてきましたが、フィルムの破れやシワ、生体影響への懸念が課題でした。
東レはこれをポリエステルフィルムで代替し、独自の微細構造制御技術「NANOALLOY(ナノアロイ)」を活用してフッ素系に近い柔軟性をPFAS不使用で実現。金型汚れを従来の5分の1以下に低減しました。2024年に量産・販売を開始し、2030年に売上高40億円を目指しています(出典:東レ発表、2024年)。
東レの代替素材はこれにとどまりません。
2025年7月には、PFASを含まない感光性ポリイミドを開発したと発表し、半導体基板向けに2025年度中の量産開始を目指しています(出典:東レ発表、2025年7月)。また2024年には、半導体分野などでフッ素樹脂をPPS(ポリフェニレンサルファイド)で置き換えるPFASフリー材料も打ち出しています。
離型フィルム・感光性ポリイミド・PPS――フッ素系が当たり前だった半導体・電子材料の各所で、置き換えが同時並行で進んでいるわけです。
さらに将来を見据えた動きとして、水素を作る水電解装置向けの電解質膜があります。
現在主流の電解質膜にはフッ素系の「ナフィオン(Nafion)」が使われていますが、欧州で進むPFAS規制でこれが規制対象になれば、東レが開発する炭化水素系(HC)の電解質膜が、数少ない代替材料の有力候補になりうるとされています。
つまり東レは、「PFASを除く膜」を売る一方で、「PFASを使わない素材」を新たな収益の柱に育てようとしている 規制が強まるほど両方の事業に追い風が吹く、という立ち位置にいます。

自治体・製造業がここから読み取るべきこと
製造業(とくに東海エリアの自動車・半導体サプライチェーン)にとって。
注目すべきは「PFASフリー素材」の動きです。これまでフッ素系素材が当たり前に使われてきた工程ほど、今後は代替素材への置き換えを迫られます。東レの離型フィルムや感光性ポリイミドの事例は、「PFASを含む部材を、性能を落とさずどう代替するか」というサプライチェーン全体の宿題の先行例です。自社製品・工程のどこにフッ素系素材が使われているかを棚卸しすることが、対応の出発点になります。
自治体・水道事業者にとって。
PFAS除去の選択肢として、吸着系(活性炭・イオン交換)だけでなく、膜系(RO・NF)も有力な候補です。
とくに短鎖PFASまで含めて広く除去したい場合、膜方式は強力です。ただし濃縮水の処理やエネルギーコストを含めた総合的な比較が欠かせません。
まとめ 「分かる」と「判断できる」のあいだ
東レの二刀流は、PFAS問題が「除去」と「代替」の両輪で進んでいくことを示しています。
膜でふるい落とす技術と、そもそも使わない素材――この二つがそろってはじめて、PFAS対策は前に進みます。
一方で、ここまで読んで「技術の方向性は理解できた」と感じても、「では自社・自地域は、吸着と膜のどちらを選ぶべきか」「自社のどの部材を代替すべきか」を独力で判断するのは容易ではありません。
原水データの読み解き、短鎖PFASの扱い、濃縮水の処理、素材の棚卸し――そこには中立的な専門整理が必要です。
PFAS対策は、単に規制を追いかけるだけではありません。
原水の状態を把握すること。
除去技術を比較すること。
代替素材の影響を確認すること。
そして、自社に合った優先順位を決めること。
「分かる」と「判断できる」の間には、意外と大きな距離があります。
PFAS Solution+では、企業や自治体がその判断を行うための情報整理や方向性の検討を支援しています。
※「トレビーノ」「NANOALLOY(ナノアロイ)」は東レ株式会社の、「ナフィオン(Nafion)」はThe Chemours Companyの登録商標です。 本記事は公開情報に基づき、PFAS対策の動向を解説する目的で作成したものであり、特定企業・自治体との提携・推奨関係を示すものではありません。製品の除去性能は対象水質・使用条件により異なります。 出典:東レ発表(2024年/2025年7月)・「トレビーノ®」製品情報・RO膜採用製品の公表情報/環境省 省令(2025年6月30日公布・2026年4月1日施行)/欧州化学品庁(ECHA)REACH制限案 ほか公開情報。





























