「フッ素樹脂は別物」というAGCの主張と、EUの一括規制 PFASの“いちばん悩ましい論点”
なぜいま、AGCに注目するのか
PFAS(有機フッ素化合物)の議論は、「除く」「使わない」だけでは語れません。
なぜなら、世界が進めようとしている脱炭素技術の中にも、PFASが使われているからです。
その象徴が、AGC株式会社(旧・旭硝子)が北九州で量産を始めるグリーン水素向けのフッ素系イオン交換膜です。
本稿では、AGCという会社の立場と、それに対する規制側の論理の双方を、できるだけ中立に整理します。
結論を急ぐのではなく、「なぜこの問題は白黒つけにくいのか」を読み解くことが目的です。
AGCとはどんな会社か
AGCは、建築用ガラスや自動車用ガラスで知られる、世界トップクラスのガラス・素材メーカーです(東京証券取引所プライム上場)。
一方で、フッ素化学の大手という顔も持ち、半導体部品、自動車の配線被覆、水電解装置のイオン交換膜などに使われるフッ素系高分子材料を供給しています。
注目すべきは、AGCがこのフッ素事業をむしろ成長の柱に据えていることです。
2024年の中期経営計画でパフォーマンスケミカルズ事業を戦略事業に格上げし、前述のフッ素系イオン交換膜「FORBLUE® Sシリーズ」については、2030年度に売上高約300億円を目指すとしています(出典:AGC発表、2024年)。
PFAS規制という逆風が語られるなかで、フッ素事業を拡大する
この一見矛盾した姿勢の背景に、AGCの主張があります。
AGCの立場① 「特定PFAS」と「フッ素樹脂」を分ける論理
AGCは公式サイトで、PFASを二つに分けて論じています。
PFOS・PFOA・PFHxSといった一部のPFASは「特定PFAS」として、国際条約(ストックホルム条約)や日本の化審法で規制され、製造・使用が禁止されている。一方、特定PFAS以外のPFAS(フッ素樹脂など)は、現在も社会や科学技術の発展に役立っている こうした整理です(出典:AGC「PFASとは」)。
AGCの説明によれば、同社はPFOSとPFHxSはそもそも製造しておらず、PFOAも規制が来る前の2015年に自ら製造を終了しています。
そのうえで、社会に不可欠なフッ素製品は責任を持って供給し続ける、という立場を取っています。
同社のもう一つの主張が、「いま供給しているフッ素樹脂などの多くは、PFOSやPFOAとは性質が異なる」というものです。
PFASは1万種類以上あるともいわれ、低分子のPFOS・PFOAと、高分子のフッ素樹脂(PTFEやETFE)では性質も用途も大きく異なる。
それらを同じ「PFAS」として一括りにしてよいのか――これは産業界では根強い主張で、一定の合理性があります。
AGCの立場② 規制を見据えて「拡大」と「適応」を同時に
ただし、AGCも規制リスクを軽視しているわけではありません。
AGCの戦略は、擁護一辺倒ではありません。規制の方向性を見据えた「適応」も同時に進めています。
象徴的なのが、フッ素ゴム「AFLAS® FFKM」の新グレード(SFグレード)です。
2025年7月に発売されたこの製品は、製造時に乳化剤やフッ素系の重合溶媒を一切使わずに製造されています。
半導体製造装置のOリングなど、高温・薬品環境で使われる用途向けで、開発の背景には欧州のPFAS規制の動きと、規制に備えた素材を求める半導体業界からの要望があるとされています(出典:AGC、2025年7月)。
つまりAGCは、「不可欠なフッ素製品は供給し続ける」と主張しつつ、その製造工程からは問題視されうる物質を減らしていく 規制に逆らうのではなく、規制がどこに落ち着くかを見ながら、その中で戦う準備を進めている、という構えです。
北九州への投資も、その主張を形にしたものと読めます。
一方の論理 EUの「グループ規制」と予防原則
しかし、話はそこで終わりません。
EUのPFAS規制提案は、「PFASをグループとして規制する」という思想で動いています。
個々の物質の危険性が完全に立証されていなくても、「自然界で極めて分解されにくい(難分解性)」という共通の性質を重く見て、先回りして規制する。
いわゆる予防原則です。
この考え方に立てば、AGCの主力製品の一つであるフッ素樹脂フィルム「Fluon®(ETFE)」も、規制の対象に入り得ます。
つまり、AGCの「フッ素樹脂は別物」という主張と、EUの「PFASはまとめて規制する」という思想は、真正面からぶつかっています。
AGCは、欧州の規制について「すべてが一律に規制対象になるとは考えていない」との見方を示し、特定の物質や用途に絞られていくはずだとしています(出典:報道・AGCの公表情報)。自動車産業など川下の業界からも一律規制への懸念が出ており、地域によって規制の考え方やスピードも異なります。
とはいえ、最終的にどこへ着地するかは、まだ確定していません。
EUのREACH規則に基づくPFAS制限は、2026年3月にSEAC(社会経済分析委員会)の最終草案が示され、その後のパブリックコメントを経て、2026年末までにECHAの最終意見が欧州委員会へ提出される見通しです。
実際の制限が官報で公布されるのは、最速で2028年ごろになる可能性があります(出典:ECHA/REACH制限案、JAIMA等)。
つまり、いまはまだ「これから数年かけて落としどころが決まる」段階です。
論点の核心 「不可欠かどうか」を、誰が決めるのか
世界の規制もまた、「不可欠用途(Essential Use)」という考え方に向かいつつあります。
「すべて禁止」が現実的でないなら、「本当に代替できない用途は何か」を見極めよう、という発想です。
米国メイン州などは、この考え方で制度を設計しています。
半導体のシール材、医療機器、そしてグリーン水素の膜 現時点ではフッ素の代わりがききにくい領域があるのは事実です。
AGCが「不可欠なフッ素製品」と言うとき、それはこの考え方と重なります。
ただし、ここに難しさが残ります。グリーン水素の膜が「不可欠」だとして、では撥水スプレーは、食品包装はどうか。
その線引きを誰が、どんな基準で決めるのか。
「使っているあいだは安全」という主張と、「環境中では長く残る」という性質は、両立してしまいます。
AGCを単純に「PFASメーカー」と片づけるのも、逆に「不可欠なのだから問題ない」と全肯定するのも、どちらも問題の本質 難分解性という宿題と、社会に必要な機能との両立――から目をそらすことになります。
問われているのは「ゼロか継続か」ではなく、「どこまでを必要と認め、どう管理していくか」で。
つくる側にはつくる側の論理があり、規制する側には規制する側の論理がある。
その両方を踏まえたうえで判断していくほかありません。
自治体・製造業がここから読み取るべきこと
製造業(とくに自動車・半導体サプライチェーン)にとって。
まず必要なのは、自社の立ち位置を正確に把握することです。
自社が使っているフッ素材料は、規制済みの「特定PFAS(PFOS・PFOA・PFHxS)」なのか、それとも高分子のフッ素樹脂などなのか。
その用途は、本当に代替がきかない「不可欠用途」と言えるのか。
同じ「PFAS含有」でも、規制上の立ち位置はまったく異なります。
ここを取り違えると、不要な対応に追われたり、逆に必要な備えを見落としたりします。
自治体・水道事業者にとって。
AGCのような“作る側”の動きは、PFASが社会のどこに、なぜ使われ続けるのかを知る手がかりになります。
規制の議論が「全面禁止」ではなく「用途ごとの管理」へ向かう可能性を踏まえ、自地域の検出源や用途を整理しておくことが、過不足のない対応につながります。
まとめ 「分かる」と「判断できる」のあいだ
AGCのケースは、PFAS問題が単純な善悪では割り切れないことを、最も鮮明に示しています。
健康・環境への懸念が指摘される物質がある一方で、脱炭素や半導体など社会を支える用途もあり、それらをどこまで代替できるのかは、いまも議論の途上です。
そして、ここまで読んで全体像をつかめても、
「では自社の製品・工程は、規制のどこに位置するのか」
「自社の用途は不可欠と主張できるのか、代替を急ぐべきか」
を独力で判断するのは容易ではありません。
物質の特定、規制区分の確認、EUや国内動向の読み込み、こには中立的な整理が必要です。
PFAS Solution+では、「自社の製品や工程が、PFAS規制のどこに位置するのか」を整理するお手伝いをしています。
特定の素材・銘柄を売るのではなく、現状の棚卸しから、対応の優先順位づけ、相談先の交通整理まで、中立の立場でご一緒します。
初回のご相談は無料です。
「読んで全体像はつかめた。
でも、自社のケースは判断しきれない」という段階の企業・自治体は、お気軽にお問い合わせください。
※「Fluon」「AFLAS」「FORBLUE」はAGC株式会社の登録商標です。
本記事は公開情報に基づき、PFAS規制の動向を解説する目的で作成したものであり、特定企業・自治体との提携・推奨関係を示すものではありません。
規制の解釈・スケジュールは今後変わりえます。出典:AGC「PFASとは」・AGC発表(2024年/2025年7月)/日本フルオロケミカルプロダクト協議会(FCJ)/環境省・化審法/欧州化学品庁(ECHA)REACH制限案・JAIMA ほか公開情報。






























